本書の表紙をめくると、何枚もの鮮やかなカラー写真が目に飛び込んでくる。本文中のモノクロ写真を含めて、写真のほとんどは著者・松本侑子さん自身が撮ったものである。松本さんの写真は構図も見事であり、作家が片手間に撮ったというたぐいのものではなく、玄人はだしである。松本さんは何冊もの文学紀行の書物を著しているが、読者はいつも、著者自らが足を運んだ、精緻な調査にもとづくストーリー展開と、それを補ってあまりまる数々の写真に魅せられる。
文学紀行は空間的な広がりのみならず、時間軸をも移動する旅のようなもので、読者は著者の道案内で時空の旅を追体験する。時間と空間との交わったある地点で立ち止まったとき、そこに視覚的なイメージが示されれば、点は面となり、さらに時空間的な広がりをもったものとなる。読者は時空間の中に、作家やそこで生きた人たちの息遣いを、より身近に感じることができるように思う。
世に太宰ファンを自認する人は多いが、評者は松本侑子さんの前作『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』を読んでから、太宰そのものを少しは読みはじめた、いわば太宰初心者である。初心者は本書で、太宰の生涯というよりも骨太な生き様を、彼の代表的な作品と関連付けて知ることができるように思う。太宰治をめぐる時空の旅へと誘ってくれる好著であり、初心者・入門者にこそ本書を薦めたい。