3・11、フクシマの後にこそ、この作品を読むべき意味があります。
基本的なストーリーは、ありふれたボーイ・ミーツ・ガール(ボーイは少し歳が行ってますが・・・)。
SFに片足を置きつつ神話をモチーフにしたプロットも、二昔前の少女漫画におけるSFブームをなぞったもので、一周回って的な目新しさはあるものの、本質的な新しさはありません。
従って、発表当時にこの作品を読んでいたら、私はこの作品を大して評価しなかったと思います。
しかし、フクシマの後にこれを読んだからこそ、他作品にないパワーを感じると同時に、この作品に込められている真の意味を理解することができました。
この物語の舞台は未来の日本。
『汚い戦争』によって汚染された大地は、植物(竹)によって汚染物質を固定することによって回復に向かっています。
汚染物質は『フカシ(不可視だから)』と呼ばれ、マスクをつけた労働者たちが、「マスクなんかでふせげるわけがない」と認識しながら除染作業を続けています。
『フカシ』の程度を測るための『フカシキ(ガイガーカウンターに酷似)』が一般に多く流通し、その物質が本当に安全かどうかを市民が測ることが日常化しているような描写もあります。
上記の設定は明らかに放射能汚染をモチーフにしており、同時に、この物語全体が、原子力発電所についての物語であることを示しています。
そして『天顕祭(てんけんさい』という言葉の真の意味を知る時、私たちは、作者の恐るべき先見の明に、底のしれない恐怖すら覚えるのです。