恋愛短編集といっても『ざらざら』(マガジンハウス)とは、まったくちがった趣を感じさせる本著は、「一実ちゃんのこと」「ユモレスク」「金と銀」「エイコちゃんのしっぽ」「壁を登る」「夜のドライブ」「天頂より少し下って」の七篇で構成されたものである。不思議なことに、いずれも独特の切なさと愛おしさを感じさせ、さわやかな読後感に充たされる、という共通項がある。
ありふれた恋愛感覚とはやや異なるものもあるけれど、この作家の独特の文体といえばいいのか、確かに極上の恋愛小説として見事に成立している。だから、ひと言で恋愛といっても既成の観念にとらわれない自由な発想とその感覚世界を圧倒的な筆力でさらりとやってのけていることになる。この作家ならではの独特の世界、川上マジックの所以ともいえるだろう。
長編『夜の公園』(中央公論新社)では、その点やや無理を感じたけれど、本著ではさすがにこの作家の並々ならぬ底力と可能性にあらためて驚嘆する。
全部なんてかけて愛したら、相手に悪いもの。そんな重くて大きな思いを、恋愛をしているというだけの理由で相手に負わせるなんて、身勝手すぎるもの。ひっそりとひっそりと、真琴は、考えるのである。(天頂より少し下って)
川上文学の特徴のひとつとして感じとれるものにこのような行動規範のようなものがある。つまり、没頭的言動からの独特の距離感といえばいいのか、そのような感覚がありそうに思えるのだ。自由で刹那的で奔放な印象を受けるけれども、ひっそりとした心情に身をよせる時にあの共通項が確認できるのかもしれない。
この七篇で編集するセンスとブックデザインの美しさが心地いい。