今こそぜひ、日本中の方に読んでもらいたい本です。
私たちの生活(収入)に無理のない範囲で
昼夜を問わず自由に電気を使えるのは
薄氷の上を歩むような、危険と紙一重の技術や努力と、
『今のところ何も起こってない』だけの
運の上に成り立っていることが分かるでしょう。
この作品が単なる娯楽小説であるだけなら、
犯人はこんな犯罪を行いません。
犯人はこう言います。
『原発は必要だけれども、事故は起こすなというのは、
交通手段が他にないから飛行機には乗るけれど、
事故を起こすなと言うのと同じ。技術と努力で
事故を起こす確率を下げることはできるが、
決してゼロにはできない。
搭乗券を買った覚えはないかもしれないが、
日本国民は原発という飛行機にもう乗ってしまっている。
ただ、その飛行機を飛ばさないという選択もできる。
一部の活動家は主張をするが、大部分は沈黙の乗客だ。
彼らが何を考えているかはどこにも誰にも伝わらない』
作中の災厄である『天空の蜂』は、2011年3月11日、
未曾有の地震と津波という形で私たちの現実に墜ちてきました。
犯人はむき出しの燃料プールを傷つけることを恐れ
あえて地下にプールがある高速増殖炉を狙いましたが、
現実はもっと悲惨なものとなりました。
立場が偏らないよう気をつけて書いたという言葉どおり、
作者自身の主義は作中では表現されていません。
しかし、原発を推進する立場、反対する立場、無関心な立場、
様々な立場の登場人物が、様々な立ち位置から
原発を捉え、語っています。
危険=反原発と短絡的になるのではなく、
『見たくないもの、目をつぶって済むならそうしたいものにも
目を向けなければならない。
事実を正しく知った上で、YesかNoを選択せねばならない。
知らないところで勝手に決まってしまったから仕方がないではない。
知ることが、利便や利益を享受する国民の義務なのだ』
それこそが作者の伝えたいことではないでしょうか。
『そもそも夏ってのは暑いものなんだ』
とある登場人物の言葉です。
計画停電で不便をこうむっている今、そして来る夏こそ
エネルギーについて真摯に知る、考えるチャンスが
私たちに与えられているのかもしれません。