日本書紀の後半に中国的王朝交替を読み込もうとするというあたりが、どうもつまらない反発を呼んでいるような気もする(笑)が、そうした反発は著者の意図がきちんと伝わっていないことに基づいているようだ。
著者が言いたいのは、「日本書紀の記述は史実かどうか」あるいは「登場する天皇のうち実在したは誰か」といった問いは不毛なのであって、「日本書紀が何を意識し、何を書こうとしたのか」という、その構想や世界観を問わずしてその言わんとするところは計りがたい、ということであろう(終章・あとがき参照)。そのような観点からなされた著者の考察の結論として提出されたのが、前半における天皇と国家の成り立ちの叙述と後半における中国に匹敵する王朝交替の長い歴史という主張、その両者をつなぐものとしての天の思想の換骨奪胎である。
ちなみに、その論証においても、先行研究や古代史研究の手順はきちんと踏まえられている。大胆で論争的とは言えるかも知れないが、決していい加減な本ではない。