太平洋戦争後、GHQ指揮の下、日本国の文化と歴史は大きく塗り替えられました。
勝てば官軍、負ければ賊軍とは言うものの、偽りの歴史を国民に叩き込むことは洗脳犯罪と捉えられます。
戦後64年を経過し、不況の波が世界的に広がりつつある今日、日本国を抑えつけてきた勢力に陰りが見え始め、日本国民に溜まっていた鬱憤は沸々と燃え上がってきているように感じられます。
そんな時代だからこそ、日本国にいつの間にか植えつけられた偽りの歴史と非伝統文化を見直し、日本人が伝統的に継承してきた精神を再評価すべき時にあると考えられます。
とは言え、戦後教育を受けた人間がマジョリティとなってしまった昨今、既成概念を再編することは容易ではありません。特に、戦後教育に対する批判を公に政策論議に組み込んでいこうとするならば、米国や第二次世界大戦で日本国が侵略した国々から必要以上の反発が沸き起こるのは目に見えています。
では、どのような切り口から日本国の歴史と文化を再評価していくべきか。そのヒントを本書は提供してくれているように思われます。
そもそも論として、宮内庁管轄で科学的な調査が公に認められていない遺跡が数多くある状況下で収集した情報により構築した日本史に、真実はあるのだろうか?日本国ほど、建国の歴史が明瞭でなく、日本国民ほど、自らが日常的にこなしている宗教的儀式の意味を知らない民族はいないのではないだろうか?
そんな些細な疑問を日本国民一人一人が抱く所から、全ては始まるのではないでしょうか?
本書は、我々にそんな機会を提供するに十分な内容になっていると思います。もちろん、100年以上前に日本国を訪れた一ビジネスマンが当時集めうる情報から推測した内容を多分に含んでいるため、科学的調査の結果、棄却されるような仮説が散見されるのは当然だと言えますが、日本国に真実の光を照らし、日本国民が自らの使命に到達するための思想としてのアウトラインは、見事に構築されているように見受けられます。
日本国民であれば、目の黒いうちに一読すべき一冊であります。