¥ 3,240
通常配送無料 詳細
残り2点。(入荷予定あり) 在庫状況について
この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。 ギフトラッピングを利用できます。
数量:1
天皇制国家の支配原理 (始まりの本) がカートに入りました

この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
裏表紙を表示 表紙を表示
サンプルを聴く 再生中... 一時停止   Audible オーディオエディションのサンプルをお聴きいただいています。
この画像を表示

天皇制国家の支配原理 (始まりの本) 単行本(ソフトカバー) – 2012/1/11

5つ星のうち 4.7 3件のカスタマーレビュー

すべての 2 フォーマットおよびエディションを表示する 他のフォーマットおよびエディションを非表示にする
Amazon 価格
新品 中古品
単行本
"もう一度試してください。"
¥ 3,578
単行本(ソフトカバー)
"もう一度試してください。"
¥ 3,240
¥ 3,240 ¥ 2,980
住所からお届け予定日を確認 詳細
1/14 木曜日 にお届けするには、今から11 時間 4 分以内に「お急ぎ便」または「当日お急ぎ便」を選択して注文を確定してください(有料オプション。Amazonプライム会員は無料)
郵便番号: -

AmazonStudent

Amazon Student会員なら、この商品は+10%Amazonポイント還元(Amazonマーケットプレイスでのご注文は対象外)。無料体験でもれなくポイント1,000円分プレゼントキャンペーン実施中。



キャンペーンおよび追加情報

Kindle 端末は必要ありません。無料 Kindle アプリのいずれかをダウンロードすると、スマートフォン、タブレットPCで Kindle 本をお読みいただけます。

  • Apple
  • Android
  • Android

無料アプリを入手するには、Eメールアドレスを入力してください。



商品の説明

内容紹介

「天皇は道徳的価値の実体でありながら、第一義的に絶対権力者でないことからして、
倫理的意思の具体的命令を行いえない相対的絶対者となり、
したがって臣民一般はすべて、解釈操作によって自らの恣意を絶対化して、これ又相対的絶対者となる。
ここでは、絶対者の相対化は相対的絶対者の普遍化である。かくして
天皇制絶対主義は権力絶対主義を貫徹しないことによって、恣意と絶対的行動様式を体制の隅々にまで浸透させ、
したがってあまりにパラドクシカルにも無類の鞏固な絶対主義体系を形成したのである。
客観的権限の主観的恣意への同一化、「善意の汚職」と「誠実なる専横」、かくて天皇制官僚制は、近代的なそれから全く逸脱してゆくのである。」

「教育勅語は典型的近代国家の法に代るべき天皇制国家の法なのである」
――戦後を代表する「思想史家」の誕生を告げた、朽ちることなき論考。

***********
新シリーズ《始まりの本》
始まりとは始原(オリジン)。
そこから生い育つさまざまな知識の原型が、 あらかじめ潜在しているひとつの種子である。
新たな問いを発見するために、 いったん始原へ立ち帰って、
これから何度でも読み直したい現代の古典。
未来への知的冒険は、ふたたびここから始まる!
***********

内容(「BOOK」データベースより)

「教育勅語は典型的近代国家の法に代るべき天皇制国家の法なのである」―戦後を代表する「思想史家」の誕生を告げた、朽ちることなき論考。鮮烈なデビュー作。

商品の説明をすべて表示する

登録情報

  • 単行本(ソフトカバー): 328ページ
  • 出版社: みすず書房 (2012/1/11)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4622083477
  • ISBN-13: 978-4622083474
  • 発売日: 2012/1/11
  • 商品パッケージの寸法: 19.9 x 14.1 x 2.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 569,295位 (本の売れ筋ランキングを見る)
  •  カタログ情報を更新する画像についてフィードバックを提供する、または さらに安い価格について知らせる

  • 目次を見る

この商品を見た後に買っているのは?

カスタマーレビュー

5つ星のうち 4.7
あなたのご意見やご感想を教えてください

最も参考になったカスタマーレビュー

11 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 夜になっても飛べないミネルバの梟 投稿日 2013/9/28
形式: 単行本(ソフトカバー)
私が初めて本書を読んだのは8年前になる。まだ大学に入る前であり、全く読めなかった。今も読めているとは言い難いと思う。しかし、それでも著者が、強靭な自律主体の確立による天皇制国家の克服という目標を持っていたことは分かる。それは、日本が開国から40年で軍事的に西洋に追いついた事以上に厳しく、また論者によってはそれを戦後日本の理念とすることへの批判もあるだろう。しかし、ここでは私が読めた範囲で簡単に、本書の内容を紹介したい。

本書を貫いているのは、何といっても、個人が自己の行動を制約する原理を持つ事で自律した主体となるべきであるという主張である。冒頭に収録され、書名ともなっている論文「天皇制国家の支配原理」は、まさに近代日本が国家としても個人としても自律主体の確立に失敗した事を描こうとしている。藤田によれば、天皇制国家は、一方で伊藤博文や木戸孝允らによって、近代的な権力国家原理の必要を認められながらも、他方で村落共同体と家父長制という共同態国家原理を国家基盤として内包したため、矛盾の体系になったという。
権力国家原理においては、国家は特殊権力装置であって、それは日常性から超越し、社会を外から操作対象とする事によって普遍性を獲得する。この事は、一方では政治権力が特殊政治的な論理を獲得するということでもあり、ここに、権力は究極的には外的な秩序維持という目的に対
...続きを読む ›
コメント このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
不正使用の報告
22 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 浅井秀和 投稿日 2013/12/23
形式: 単行本(ソフトカバー)
本書で知った事実は、というか、それだけではないが、ボクの中ではとっても印象的なのは
君が代は、明治大正の庶民にとっては「あくまで皇室の歌」であって「庶民の歌」でもなければ
ましてや「国歌」ではない、という共通の認識であった、ということを大阪朝日新聞のコラムを紹介しながら述べているくだりである。
同じように日の丸もそうであった、ということである。
であれば「君が代」や「日の丸」があたかも「国歌」「国旗」であるかのように猛威を揮っているのはいかなる理由だろうか?
小渕政権で国旗国歌法が制定されたからだろうか
そうだとすれば、ごくごく最近ではないか?
馬鹿馬鹿しい。
ゆえに「日の丸」「君が代」などには日本の伝統など刻まれていない。
ましてや、大日本帝国に収奪された「沖縄」や「アイヌ」がなぜ「君が代」や「日の丸」などに敬礼する必要があるのだ?
ちなみに
...続きを読む ›
コメント このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
不正使用の報告
10 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 藤井 一郎 投稿日 2013/1/5
形式: 単行本(ソフトカバー) Amazonで購入
この本前にも読んで感銘したのですが今回改めて読んだのですがやはり感銘しました。
コメント このレビューは参考になりましたか? はい いいえ 評価を送る...
フィードバックありがとうございました。
申し訳ありませんが、お客様の投票の記録に失敗しました。もう一度試してください。
不正使用の報告


フィードバック