登録情報
|
日本人の宗教的寛容性は、それ独特の不寛容を含んでいると著者はいう。
「それ」は、「我々日本人は西洋人の目には、原始的だと写るでしょうね」という弁解調か、「我々は西洋人とは違う、同じ尺度を当てはめるのは無意味」という挑戦調のいずれかだ・・・。という著者の指摘は新鮮だ。
著者は、このような日本社会に生きつつも、それとの折り合いがぎくしゃくせざるを得な人々の足跡をたどる。
沖縄国体で日の丸を焼いた知花昌一、殉職自衛官の夫の護国神社合祀に抗した中谷康子、天皇の戦争責任発言で銃撃された本島長崎市長・・・。
年齢も境遇も異なる3人の生き方から、著書はためらいに充ちた眼差しで共通点を見いだしていく。その視線は暴くという姿勢の対極にある。
|
|
|