『鞍馬天狗』で知られる大佛次郎氏の代表作で、遺作となった作品。残念なことに未完であるが、おそらく、夏目漱石の『明暗』と並んで、その中絶が惜しまれているのではないだろうか。
内容を極めて簡単に書けば、幕末という時代を、天皇中心に描いている。ただ、なかなか手ごわい作品である。だいたい、幕末について歴史に多少でも興味があれば、本書に書かれていることの大筋は知っているだろう。ということは、さらに細部にかかわることなどを楽しめないと本書は、きわめて退屈極まりないものとなってしまうのである。それでも、いわゆる「歴史書」との差を分けるのは、著者の筆力。膨大な資料を巧みに利用するとともに、時代小説・大衆小説などを書いてきた経験を十二分に生かし、人物たちに生命を吹き込んでいる。
やや持ちあげすぎと思われるかも知れないが、『史記』や『歴史』(ヘロドトス)と同様「歴史文学」足り得ている作品であることは間違いない。自分以外の評価を引用するのは申し訳ないが、加藤周一氏が『日本文学史序説』のなかで、本書を「日本文学史上、これほどの規模と深さを兼ね備えるものは、おそらくは少ない」と書いている。それほどの傑作である。