タイトルと、帯に書かれた推薦文、そして太田龍の名前を見て
ある程度この本の表のストーリーはわかるはず。
正確に参照文献を探していき記述を追えば、その参考文献
そのものがトンデモ本と感じさせられたり、作者の意図的、あるいは
無意識の抜粋と改編により、無数の資料から、
思うが侭に歴史を己の意図通りにあてはめていく
if歴史小説であると、感じるはず。
トンデモ本と笑うのはたやすいが、
あくまで架空の小説として、登場人物の名前を伏せるなど
していたら、さらに限りなく真実に近い小説の形を取った
歴史ノンフィクションと勘違いされたかもしれない。
だが、この本に書かれていることの主要な部分は
誰でも知っている固有名詞や大げさでドラマチックな表現、
陰謀論につきものの結社名や、宗教的表現、
一つ一つの歴史的事実、事件の解釈などをそぎ落としてみれば、
全体像としては、事実ではないのかと私は感じている。
国民心理、戦前と戦後の天皇制、天皇と日本国民の関係性
マスコミ、右翼と左翼、日本を破壊し、屈服させ
日本を占領し、国民を戦前の国体主義から解放し、
自由と民主主義を教えたはずのアメリカが、同時に
なにを日本にもたらし、どのように日本を支配したのか。
私はこの著者の心の叫びを感じるのである。
いまだ日本国民は、この国の主権者ではなく、
又、なろうと自分自身で考えることもしないではないかと。
一方的に与えられた情報でも、それを鵜呑みにせず、常に
自問し、何が正しいのかを見つけ出す力、
少なくとも考える力を持たねば、本当の主権などありえないのだと。
たとえば、この本の内容そのものもそうなのだが。
作者は上巻の最後に、種明かしというべき
実に面白い仕掛けをしたと私は勝手に解釈している。
この物語では本来、皇室をキリスト教化すべく最大限尽力した女性
(本の表のストーリーからすれば、悪役)
の学習院での最後の授業の言葉を読めば、
なぜ、日本人はそうならなかったのか、きっと
読者は考えることになると思う。そして自分自身は
どうなのか問いかけるかもしれない。