現在まで6冊刊行されている『GHQ焚書図書開封』(西尾幹二著、徳間書店)が欧米列強と日本との関係についての<各論>だとすれば、本書はその<総論>のようなものだ。
『GHQ』の底に流れる<歴史眼>を披瀝した書、といいかえてもいい。
げんに、著者はいくつも「オヤッ」と思わせるような指摘をしている。
・日本の<昭和史家>は、昭和3年(張作霖爆死事件、不戦条約)から昭和20年(敗戦)までの短いレンジでしか日米戦争を捉えないが、それではものが見えない。
・そこで著者は――建国以来、西へ西へと膨張するアメリカの<本能>をあぶり出し、その国がハワイを併合し、スペインの手からフィリピンを奪い取ると、ついに日本と衝突する、というロング・レンジの<見取り図>を差し出し、こう指摘する。
《この六十年、日本はなぜアメリカと戦争したのかとばかり問うてきましたが、「なぜアメリカは日本と戦争をしたのか」という問いを再考すべきだと思います》(67ページ)
・広大な領土、膨大な資源、黒人などの下層労働階級を有していたアメリカには植民地経営の必要はなかったのに、膨張をつづけていったのは、明らかに世界の<覇権>を狙っていたからだ。それが第4章のタイトル《アメリカの敵はイギリスだった》につながる。
・そうしたアメリカの攻撃性を支えているのは<選民思想>であると、著者は看破する。
《【アメリカを建国した】ピューリタンたちは、ちょうど『出エジプト記』でモーゼがユダヤ人を引きつれて……イスラエルにたどり着いたように、ヨーロッパを脱出してアメリカという新天地を築いたんだと思っている》(122ページ)
・一方、西へ西へと膨張するアメリカの行く手に横たわる日本には、天皇という<祭司>を戴く<国体>観があった。
・そこで著者はいう。
《どうもあの大戦は、宗教対宗教の戦争であるというふうに考え直す必要があるのではないか》(105ページ)
・じっさい、広島・長崎への原爆投下の背後には――、
《アメリカにとって日本は「神の国」に反抗したサタン、悪魔だという認識が、かなり早くからあった》(188ページ)
その一方では、日本にたいする恐れもあったはずだ。
《天皇の名の下に一糸乱れず、……あれほど頑強に抵抗したすさまじい武力には不気味さをすら感じたはずです。……日本に対する恐れ。日本とは天皇であり、その天皇に対して下手なことはできないぞ、という恐れ》(189ページ)
……以上はもちろん、本書の要約ではなく、私がおもしろいと感じた論点をつなげてみたにすぎない。
本書全体は、日米両国を<世界史>のなかに位置づけ/アメリカにおける宗教、日本における神道・仏教・儒教・国学の伝統を検証し/さらにはバーナード・ショウのイギリス人論や後期水戸学を腑分けしながら/大東亜戦争の<真実>に迫り/いまのわれわれがそれをどう考えるか――という野心的論考になっている。