他誌の連載作品の最新刊と同じ月に発売。できればあって欲しくなかったが。たとえ他誌の作品が初の実写映像化で賑わっているとしても。どちらも対戦の真っ最中で、「主人公と複雑とか悲惨すぎる過去の持ち主しか這い上がりきることはできない」(荘氏にもあるかは不明だし、陽一については皆伝に記されているのみだが)が展開を支配しているのだ。この漫画家の手法だが、もうそろそろそこを破ろうとは考えていないのだろうか。「先生」にとっても、仲間たちからは裏切り同然の別れ方をされ、一人前と扱う人も少数、家庭教師先の子は危篤状態に陥るなどの事態はもう過去のことではないか。これも複雑で悲惨ではないのか。他の作家にも似たような手法はあるのかもしれないが、彼等の場合は「複雑な過去を持った人」は這い上がりを「優先される」だろう。それでも他誌は大人も青年も混ざって戦っているからいい。天牌は主人公の瞬もほとんど出番はないのだから。
その瞬のおかげで、鳴海マスターが立ち直ったような描かれ方にいつの間にかなっているのも変だ。それだけならともかく、大阪の人々がマスターの息子の転落状況を疑ってはいても、「落ちた」という敵の言葉を鵜呑みにしていることに首を傾げる。誰もがお人好しすぎるからこそ、複雑な過去がどれほどのものか疑問を感じるのだ。