線の太すぎが暗さを助長してるの、何とかならないのか。人物紹介に赤坂戦のキャラたちがいない(観戦者の北岡はいる)のはちょっと寂しい。遼は全く登場せず、よっちんがちょこっと出る巻のそこに、よっちんがいなくて遼がいるなどもあるが、作者たちは関わっているのだろうか。関わっていて出ないことも分かってて人物紹介にのみ載せてるとしたら、ご自身や「読者」の好みだからってえこひいきしないで! と言いたくなるが。
陽一も八角五郎も、健次郎や祥吾さんから遼のことも四川の対戦のことも聞いていないのか。遼は祥吾さんの個人的な知り合いだが、健次郎とはどうやって知り合ったのだろう。健次郎が正式に黒流会に入るかどうかを決めるための雀荘に向かっていた時に会って、紹介し合ったのだろうか。木村氏って渋谷の雀荘にいた、あの兄ちゃんかよ! この理由で逃亡先が熱海って、近すぎるし、無茶苦茶だろ。
赤坂戦、終了。また、よっちんの涙するシーンかよ。しかし、ここではそれが適切だろう。単に津神の「冗談」(津神も本当に人を殺したわけではないだろうし)やアウトロー世界の厳しさを思い知らされたなどの悔しさとは別の「安堵」の感情も込められているに違いないのだから。渋谷で瞬に負けた後、人目も構わず号泣するシーンの方が彼の無念をぶち壊してしまっていた。盛岡ゆかりの雀荘で涙というのは、不本意だったろうが、ここがその時のよっちんの無念や辛さを和らげる場所だったのだろう。渋谷戦の途中から登場した「雅」はそのような場所ではなくなっていた。もっとも外伝も、「雅」が出てこない巻の方が珍しいくらいだから、外伝の義明やゲストキャラにとってもそのような場所はなくなっていたのかもしれない。
屈辱を引き摺らずに済んだのは、賢治の気遣いと津神がひたむきさと力を認めていたからだろう。このような配慮も渋谷戦にはない。賢治も和らげる場所は持っていないらしく、よっちんとの「絆」をかつての仲間や波城組が嗅ぎつけたと知っても冷静な態度をとり続けるしかないが、それでも後になって彼が弱いわけではないことを明らかにし、そこにいる誰もが見下しをやめるような状況にしていく。それでもまだ中釜が本心かどうかは分からないがよっちんを「廃人」と言ったこと・健次郎が彼の前で「引退の儀式」を行ったことなどに気付いたら、どうするのだろう。松ちゃんの店が瞬以外の人たちの苦しみを和らげる場所になればいいのに。よっちんとも無関係ではないのだし、思いもかけない繋がりが頻繁にあるのが天牌なのだし。最近は、絶対に起こらないはずの親交だの、「やっぱりな」という印象の繋がりの方が多すぎて拍子抜けするが。フェイクを含んだ繋がりもあるようだが。