小学校2年生の時、クラスメートの人気者に小林くん、という子がいた。
ある日、授業中、誰かの言ったダジェレに大うけの騒がしいクラスを、担任の
24才の若い女の先生が「静かにしないと、廊下に立たせますよ」と言うと小林
くんは「生徒を廊下に立たせていいって、国会で佐藤総理が言ったのかぁ。言
ってないだろ〜」とバカボンパパの口調を真似て、先生を困らせた。
その日以来、ボクたちは、女の先生を困らせるのが面白くて、バカボンパパ
のセリフをテレビにかじりついて覚え、スラップスティックな名言を武器に生ま
れて初めて「リロンブソー」することを知ったのでした。女の子が掃除をしてい
ると「よけいなお世話なのだ」。算数の難しい問題に答えられなくても「わしは
どこもわるくないっ! わるいのは頭だけだ!」。バカボンばかり見てたせいで、
高学年になって「エジプトの大統領は?」という社会科のテストに自信を持って
「ナセル」と書いて、「なんで間違いなんだよ〜」と憤慨してた奴もいたっけ。
(なせばなる。なさねばならぬなにごとも。ナセルはアラブの大統領!! を参照。
本書43p。大統領はナセルからサダトに代わっていた)。
40代中盤にさしかかる自分が小学生の記憶をよみがえらせたのは十数年ぶり
かのこと。たいして好きでもなかった先生と、その授業中の一風景。ほんとうに
瑣末な事のはずなのに、バカボンパパのひとことは、脳の深奥のシナプスをスパ
ークさせて、あっという間に記憶の網をつなげ、まさかの記憶も蘇らせる。
思いだしたいことも、そうでないことも。
これほど自分の中にバカボンが息づいているとはホントウのホントウにオドロ
キなのだ。バカボンは大人になって帯状疱疹を発症させるヘルペスみたいなもの
で、きっと一生体の中に住み着いているに違いない。恐ろしいな。
でも、老人になってもバカボン読んどけば、ボケなくてすむかもしれない。す
ぐに若いころが思い出せそうだ。この本読んで最後に思ったのは、シュールな心
の若い老人になって「モテたいな」だった。いくつになってもバカだな。