微積分学、力学、天文学を有機体として初めて統一したイギリス十七世紀の天才、アイザック・ニュートン(1642-1727)を皮切りに、栄光と挫折の間で苦闘し、呻吟しながら、輝かしい業績を残した9人の天才数学者たちの人生の軌跡を描き出したノンフィクション・エッセイ。
大天才ニュートン以下、関孝和(1639 ?-1708)、エヴァリスト・ガロワ(1811-1832)、ウィリアム・ロウアン・ハミルトン(1805-1865)、ソーニャ・コワレフスカヤ(1850-1891)、シュリニヴァーサ・ラマヌジャン(1887-1920)、アラン・チューリング(1912-1954)、ヘルマン・ワイル(1885-1955)、アンドリュー・ワイルズ(1953- )の偉大なる功績と、その夢と苦闘の足跡を取り上げています。
数学の天才たちに訪れる孤独と失意の底知れぬ深さ、栄光と挫折の非常に大きなギャップに翻弄される彼らのドラマティックな人生に、胸打たれました。なかでも、数学界の超難問としてそびえていた「フェルマーの最終定理」を証明したワイルズの章が、読みごたえあったなあ。もうあと少しで挫折するという瀬戸際で最高の閃きが訪れた、その瞬間を回想した彼の言葉が、実に美しく、素敵だったんですね。本文庫の280頁に記されている件り。ついに超難問を征服した瞬間のワイルズの、何とも言えない深い感動が伝わってきて、こちらまで胸が熱くなりました。
本文に差し挟まれた白黒写真の数々が、取り上げた9人の天才の人となりに趣を添えていたのもよかったですね。アイザック・ニュートンの章の【万有引力の法則を発見するきっかけになったと伝えられるリンゴの木】、ソーニャ・コワレフスカヤの章の【娘と一緒のソーニャ】、アラン・チューリングの章の【クリストファー・マルコム】、アンドリュー・ワイルズの章の【屋根裏部屋のあるワイルズの自宅】の写真には、格別、心惹かれる雰囲気を感じました。
本書は、NHK教育テレビで2001年(平成13年)8月から8回にわたって放送された「人間講座」のテキストに、大幅に手を加えて書き上げられた『天才の栄光と挫折』(新潮選書)を文庫化した一冊。作家・小川洋子の巻末解説は、的を鋭く射抜いた上に心のこもったもの。こちらは、『波』(2002年6月号)から転載された文章です。