キリスト教徒の西洋人の手になる、それゆえわれわれには気づきがたいバイアスも多い中世哲学の通史執筆に挑んだ著者の「蛮勇」に拍手を送りたい。権威や定説への盲従ではなく、テクストそのものに真摯に向き合わなければ傾聴するに足る見識は生まれないという好例である。大きなスコープを提示するのが主眼だから、モノグラフ的な精緻さに欠けるのはしかたがない。背景となる一般史への目配りや日本との比較文化的観点が、本書の場合、蛇足ではなくむしろ美点となっている。やや目立つ繰り返しや頻繁な改行も、苦しい思索の跡を留めるものと好意的に解したい。
望蜀を言えば、科学史やイスラーム哲学に手薄であり、ビザンツ思想の寄与には言及がないという点、読書案内が本文の濃密さに比して貧弱だということ、それに主要な人名索引くらいは付けてほしかった。中世とルネサンスの関係という大きな主題、新プラトン主義の裏街道という知られざるトポス、ヨハネス・エリウゲナやアルベルトゥス・マグヌスといった魁偉な人物にも光を当ててほしかったが、今後に期したい。
「ラボアジェ」(490頁)は「ラヴジョイ」の誤り。ケアレスミスが散見されるのは惜しい。