『赤軍-PFLP 世界戦争宣言』の直後に製作された、若松ピンク映画中最大の問題作で、脚本は足立正生が担っている。
爆弾闘争を担う青年達が、内ゲバを乗り越えて、日本革命に向けて邁進していくという話。
監督はこの映画で「東京爆破宣言したようなもんだった」と語っている。
尚、「四季協会」なる名称はブランキの秘密結社の名から採られている。
作中の「大衆など大衆でしかないじゃないか!」という科白には若干説明を要する。
―大衆は自分達の闘いに呼応して決起する―かつて多くの左翼にはこんな虫のいい大衆観が根強く浸透していた(今でもそうかも知れないが)。やがて彼らは、「こんなものは幻想に過ぎない、大衆が決起することなどあり得ない」という、ある意味正当な現実主義に到達することとなる。
本作の女性活動家・アキが直面したのは、まさにこうした行き詰まりである。彼女が「個的な闘い」を主張する場面は寧ろ痛々しい。率直な感想を言えば、「あー、こうやって自分を追い詰めていったのね」といったところだ。
そう考えてみると、この映画が描いているのは出口の無い、痛ましい青年達の姿とも言える。だが、そう言ってしまっては少し綺麗にまとめすぎかもしれない。寧ろ、「この社会はクソッタレだ。そして俺達はその中であがきながら走り続けていくしかないんだ…」そんなメッセージを素直に受けとめればいいのかもしれない。