本作品も『ダヴィンチ・コード』も、原作を読み映画も見たが、映画を作る際には原作がカットされたり脚色されたりするのはあたりまえ。読書は時間的制約を受けずにマイペースで文字を読んで、頭の中で姿かたちを想像するものであるが、映画は時間的制約のもとで創造された迫力ある映像で観客に訴えるものである。
ヴァチカンに向かってヘリコプターが飛ぶ冒頭のシーンからして、イタリア好きにはたまらない。原作を読んだときには、聖ピエトロ大聖堂やローマの教会の内部を見たことがないため想像ができなかったが、映画を見ると、セットではあっても構造がよくわかるし、いろいろな建物、絵画、彫刻などは、当然ではあるが、映画で見ると立体的で迫力がある。犯行現場となったサンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会は、この作品のおかげで観光客が増えたそうだが、私もローマに行く機会があれば訪れたいと思った。
とは言え、もちろんこれはローマを案内するための映画ではない。真犯人は誰か?という謎解きにしか興味がない人は、あまり面白くないのかもしれないが、イタリアの芸術作品に関心がある向きには、映画を見ておしまい、ではなく、これをきっかけに(特典映像で監督が言っているように)自分でいろいろ調べることがまた楽しからずや、である。
日本語の字幕で「ピエトロ」を「ペテロ」と書くのは間違いではないが、「サンタンジェロ城」を「カステル・サンタンジェロ」と書くのは違和感がある。また、テレビドラマ「医龍」の音楽をパクったようなミュージックも感心しない。しかし、そんなことはサン・ピエトロ広場を埋めた人々が、反物質の爆発による爆風で飛ばされる映像の迫力の前にはどうでもよいこのとのように思えた。