一般的に目標設定では、大きな目標を先ず決め、その後手段を検討するものだが、民主党をはじめ政治の世界では国のグランドデザインを明確にした上で、その物差しに合わないものを事業仕分けし、無駄を省くのではなく、目に付いた枝葉の部分を切る事だけに収斂している。
その前段の行革は、鈴木善幸内閣が掲げた「増税なき財政再建」を達成すべく1981年に発足した土光臨調で、その後中曽根内閣が、いわゆる三公社五現業の内、日本専売公社、日本国有鉄道、日本電信電話公社の三公社を民営化させる他、長年半官半民であった日本航空の完全民営化を推進させた。
これらは、国策上必要な公共性の高い事業ではあるが、行政機関が行うよりも、会社形態でこれを行う方が適切であると判断され、独立行政法人・公益法人・特殊法人・特殊会社として生まれ変わり、天下りと財務相時に塩川正十郎氏が言った「母屋でおかゆ、離れですきやき」を生み出した。
それらは2009年の行政刷新会議(事業仕分け)を経て、2010年4・5月に分けて、独立行政法人と公益法人のそれが行われたが、本書では廃止決定や埋蔵金との指摘を受ける予測が事前に出来ていた余剰金等の利権を、どのように存続させているかについて、URや財団法人簡易保険加入者協会の転身で、またトンネル会社としての法人が、銭だけでなく市民生活を脅かしているかを道路保全技術センターを例に書く。
政治は、離れのチェックばかりを行っているわけではないが、離れはいかに利権を残すかしか考えていないので、適正な運用や廃止が非常に困難である事は理解する。
それにしてもこのような薄汚い手を使う事が、国家1種試験を通ったエリートたる上級高給公務員の末路かと思うと、彼らが上手く人を育て使えていない官僚システムそのものの犠牲者のようにも思えてくる。
怒りはごもっともなのだが、そのような視点で、官僚システム自体にメスを入れず、単に天下りを無くせばいいとなれば、民間と比べて生涯賃金の劣る官僚に能力の高い(かどうかは不明だが、難しい試験を突破する程度の事はできる)学生は応募しないのではないか。
現に東大教授の姜尚中氏は、能力の高い順に外資、国内民間へと向かい、成績のよろしくないのが国家1種を受けると言う。
国のグランドデザインにこの発想も欠かせないと思うが、そのような本は目に付かないので、本書でそのさわりでも触れて欲しかったところ。
尚、民主党は、特別会計の見直し、予算執行の監視、契約監視委員会を設置して契約の点検・見直しを行い、その結果を主務大臣が点検する仕組みを導入する事での独立行政法人の随意契約の見直し、固定化していた、省庁から独立行政法人の理事長等への天下りをやめ、原則公募にした、と謳うが、既に骨抜きとなっていると報道されている件もあり、期待薄。
抜本的には、税を交付又は免除されている全ての団体は、全体の銭の流れをナマ領収書をもって全ての人に情報公開し、それを行政訴訟のような件に一つの裁判所でなく、裁判所支部や市町村を使い、もっと簡便に税への返還請求ができる、との法や条例を作ればよいのだが、そんな先進的な方向にいかなる政治も向くわけもなく、事業仕分けでお茶を濁すのが関の山。
せめて本書のようにメディアはしつこく調査報道を続けてくれと願うばかり。