この21巻では
珂瑠皇子(かるのみこ)と宮子の話
多安麻呂(おおのやすまろ)の話
吉備皇女(きびのひめみこ)と長屋王の話
藤原史(ふじわらのふひと)と五百重娘(いおえのおとめ)と犬養三千代の話
が出て来ます。
それぞれの物語に、それぞれの人の愛や苦しみがあり、そのひとつひとつの人生が深く語られていて、いいなあと思います。
一連の物語の途中に、古事記のイサナキ、イサナミの物語が入って来ます。
イサナキは、死んだ妻のイサナミを追いかけて死の国と行き、この世での国づくりは完成してないので生き返ってくれと頼む。イサナミは、ではちょっと待っていて下さい、こちらの神と交渉してみるから、その間こちらを覗かないでねという。だがイサナキは待ちきれず覗いてしまう。そこにはウジのわいたイサナミの姿があった。見られたくない姿を見られたイサナミは怒ってイサナキを死の国へ引き込もうとする。逃げるイサナキ。追うイサナミ。イサナキは大きな石をもって死の国とこの世との境に結界をはり、そこでイサナミをくい止める。そのときイサナミは言う。「愛する人よ・・・・・ よく聞くがいい わたしは今後そちらの世界の生命を 毎日1000人こちらへ連れてくる」
「愛する妻よ それならば わたしは今後毎日1500人 新しい生命をこの世に産みだそう」
里中満智子先生は、大伯皇女(おおくのひめみこ)に、こう語らせる。
「わたしはこの場面が大好き こんな状況になっても お互いに「愛する人よ」と呼びかけあう すてきなことよね それに 一日1000人亡くなっても一日1500人産まれる これは希望と生命の物語だわ 安麻呂 いい仕事にかかわれてよかったわね」
こういうことに気がつくというか、このように考える里中先生は本当に素晴らしいと思う。私なんか初めて古事記を読んだときは、この場面は気持ち悪くて、どうして、国生みの神々の話にこんなのを持って来るんだと思ったものでした。
「愛する人よ」と呼びかけていることが大切なんだということが、里中先生のおかげでよくわかりました。里中先生ありがとうございました。
紹介したい本
「
般若心経物語」
「
不落樽号の旅(ふらくたる号の旅)」