明治・大正・昭和初期の大阪の姿を実際に見知っている人はかなり少なくなりました。その意味で昔の大阪を教えてくれる出版物は貴重です。本書を手に取りながら、過去にいざなうエトランゼのような気持ちで眺めていました。
中之島、大川(旧淀川)、梅田、大阪城周辺、市電、心斎橋、ミナミ、上町、天王寺、大阪湾、淀川下流、堺、コラムの各章に分かれて、昔の「最新大大阪市街全図」と現在の地図を並べて紹介し、彩色された絵ハガキで昔の大阪の街を呼び起こしてくれました。
96ページに戎橋を行きかう明治中期の彩色写真が掲載してあります。人力車、川辺の松、ウォーターフロントにそびえたつ5階建ての木造建築、食堂の看板など往時の面影は、今はありません。大きく変貌したエリアでしょう。当時の道頓堀川の水量は多く、川幅も今より広く水の都・大阪の姿を垣間見ることができます。
明治45年の「ミナミの大火災」の後に出来た千日前の楽天地の異国風の建物が目を惹きます。その後、109ページに紹介の大阪歌舞伎座ができ、千日デパートビルになり、昭和47年の火災により取り壊されたわけです。
明治36年の第5回内国勧業博覧会や大林組が建てた50メートルの望遠楼(大林高塔)やその後に建設された初代通天閣など、その魅力は現在でも感じられました。タイムスリップしてみたいものです。適いませんが。
木津川河口に浮かぶ澪標、大人の歓楽街の松島遊郭と子供の遊び場の市岡パラダイス、九条新道の賑わい、江之子島にあったイギリス人技師が設計した大阪府庁、今もそのままの姿で残る南海の浜寺停車場、中之島図書館前にあった太閤像、そして室戸台風の犠牲者の子供たちを祀っている教育塔(今も残っています)、御堂筋線の工事風景など、見ているだけで、当時の大大阪にまぎれ混んだようです。
コラムにある♪テナモンヤないかないか 道頓堀よ♪が印象的な昭和4年「浪花小唄(道頓堀夜景)」などのお話も大阪の人々に愛された往時の盛り場の雰囲気が伝わってくるでしょう。