舞台は正編『
大聖堂〈下〉 (新潮文庫)』から時代をおよそ200年下った14世紀のイングランド。あのレディ・アリエナとジャック・ビルダーの血を引く末裔たちが、再び暴力と理知とがせめぎ合う中世で、波乱の人生を送る三十有余年の物語です。
文庫とはいえ、上巻671頁、中巻671頁、下巻670頁と、三巻合計で2000頁を超える大長編歴史大河小説ですが、決して臆する必要はありません。有為転変の物語に読者は倦(う)むことなく頁を繰り続けること間違いないでしょう。
正編『大聖堂』同様、物語を彩るのは激しく仮借なき暴力、領主や聖職者の理不尽で恣意的な意思、時に放埓ともいえる男女の性的関係といった、中世物語です。しかしその一方、私はこれを、世の中を駆動するのは経済的な欲求・欲望であるということを強く意識させる小説として読みました。
羊毛市の開催をめぐるごたごた。土地にかかわる税金・相続・借用権の問題。新しい農産物の生産とその加工商品の流通。橋というインフラの整備とその建設資金の捻出。
こうした経済活動が物語の登場人物たちの人生を豊かにはぐくむこともあれば、大きく狂わせることもあるのです。緒についたばかりともいえる資本主義経済社会の様相は、大変興味深く読むことができます。
さらに、14世紀に猖獗(しょうけつ)を極めたペストのくだりは、新インフルエンザに際して現代の人々がきたした恐慌(パニック)と、治療と予防への飽くなき取り組みとを想起させるにあまりあります。
500〜600年も以前のヨーロッパ人の行動が、より身近に感じられる群像劇を見るにつけ、ケン・フォレットという稀代のストーリー・テラーの腕の確かさを強く感じることができます。
さて、物語はこれで終わるのでしょうか。それとも『大聖堂』には三つ目の物語が生まれるのでしょうか。注目していたいと思います。