多少“荒削り”といえる内容かもしれないが、新書版である故、やむを得ないだろう。ただ、本年3月11日に勃発した「東日本大震災」(以下、「3.11」という)から半年が過ぎたが、震災からの「復興」の道筋が今一つ見えづらい。こうした中、この著述は「3.11」に係る「災害復興」「産業・経済復興」の論議を進める上で、そして今後も起こり得るであろう大災害の対応を考えるためにも、貴重な示唆を与えてくれると評言できよう。専門がミクロ経済学、公共政策等である著者の林敏彦・同志社大学教授(大阪大学名誉教授)は、専担の分野を越え、「補完性」及び「現物支給」の原則から成り立つ「災害対策基本法」や緊急事態法制の問題点、日米の政治指導力比較、復興基金など、議論の材料を幅広く提供している。
林教授は、1995年1月17日の「阪神・淡路大震災」(以下、「1.17」という)の発災後、兵庫県の「復興計画策定調査委員会」のメンバーとなり、以後「ひょうご震災記念21世紀研究機構」の研究統括など16年あまり「1.17」と向き合ってきており、大災害の体験を踏まえたその言は実に重たいものがある。確かに、神戸を象徴とする高度に発達した都市部を直撃した「1.17」と、大地震、津波、原発事故という「大規模広域複合災害」に見舞われたこの度の「3.11」とでは、「復興」に関するアプローチに大きな異同があるのかもしれない。しかし、「1.17」からの“復興の歩み”を振り返ることは、決して「益少なし」とは思われない。ここで、特に強調しておきたいポイントとして、私は「復旧」と「復興」の違いを挙げたい。
先ず、日本の災害関連法では「「復旧」という概念は明確に定義されているが、「復興」概念の法的定義は存在しない」(本書p.202)。それで「結局、復旧とは、国はできる範囲のことしか行わない」(同p.203)ということと同義なのだ。故に、林教授は次のように述べる―災害の発生後は、個人も、企業も、自治体も、すべてが新しい現実から再出発しなければならない。だから、被災地には「復興」しかあり得ない。その復興とは、新たな地域の歴史を作る営みである。公共部門の役割は、その復興の営みをサポートすることであって、道路や漁港を元通りに直せばよいというものではない。その意味で、復興事業に投じる公的資金は、将来の被災地の幸福を生み出すための「投資」なのである―と(同pp.203~204)。