岡田英弘・杉山正明の両氏に代表されるような、
一応は「中国史」に分類される領域を専門としながら、
むしろ塞外の遊牧民に注目する歴史家たちの活躍によって、
真の意味での「世界史」がモンゴル帝国に始まることや、
とくに元朝以降の中国史が、漢民族のみならず、
満洲・モンゴル・チベット・トルコ系ウイグルといった
周辺諸民族をも包み込むものに変質していったことについては、
ほぼコンセンサスが形成されつつあるように思う。
とはいえ、騎馬遊牧民がその軍事的優位を決定的に失う
近代以降の中国史については、彼らの筆がいささか生彩を欠くのも確かで、
たとえば岡田氏自身の『紫禁城の栄光』(共著)や石橋崇雄氏の『大清帝国』は、
申し合わせたように乾隆帝時代までで叙述を終えており、
清朝が内憂外患に苦しむことになる19世紀以降の「東アジア」史は、
暗示されるだけに留められている。
(逆に上田信氏の『海と帝国』は、まるで競合を避けるかのように、
明清時代の東・南シナ海における海上交通の重要性を説くばかりで、
内陸の遊牧民の歴史については、ほんの申し訳程度にしか触れられていない。)
本書によって描かれる「東アジア」の近代とは、
本来は騎馬遊牧民の系譜に連なる「内陸アジア」の帝国として、
緩やかな冊封体制のなかで「中華」の威信を保っていたはずの清朝が、
圧倒的な海軍力を背景に、対等な主権国家間の関係を要求する欧米列強、
そしていち早く近代化を達成した日本によって、
否応なしに世界大の角逐の場に引き擦り込まれていく過程であり、
この時生じた未曾有の規模の混乱は、もはや完全に修復されることはなく、
チベット問題ひとつを見るだけでも明らかなように、
現代の世界に対しても深甚な影響を及ぼし続けている。
「東アジア」が抱える諸問題の淵源を、きわめて明快に説いた本書は、
今後の日中関係を考える上でも必読の書だと思う。