歌舞伎の解説本は多々あるが、橋本治の行っているのは歌舞伎鑑賞のための解説ではなく、歌舞伎を軸に江戸時代人の世界観を再現することである。
江戸歌舞伎において、「世界」と「趣向」、「時代」と「世話」つまり時代背景や空間設定、ストーリー、また登場人物は奇妙にねじれながら結合し作品世界を構築ている。近代以降のリアリズムを理解した私たちにとって、そのSF的作劇は奇妙に映るが、江戸時代人にとっては不思議ではなく歌舞伎とはそういうものであった。
文中で天動説と地動説の違いに例えているように、基盤となる時間の感覚や歴史意識が私たちと江戸時代人ではまず異なっている。そのパラダイムの隔たりを意識し、著者は江戸時代人がどのような世界観をもち、歌舞伎になにを観ていたのか、江戸時代人の視座をもって丹念に説明している。言わば、江戸時代人になってみる、ということである。
その江戸理解は、『ひらがな日本美術史』の江戸編にも存分に発揮され、まさに私たちに江戸「世界」の奥行きを教えてくれる。