キーワードは「らせん構造」だった。
ニーメラーの詩では、迫害のターゲットとなる組織が徐々に狭まりながらも、
自分には無関係だと思っていたらいつの間にか外堀が埋まっており、
いざ自分に火の粉が降りかかった時、孤立無援の手遅れ状態だったと説いていると解釈。
最初から大渦に飲み込まれていたのに、収束点にたどり着くまで気付かなかった、
そんなイメージを持った。
仙水は、詩の末節「彼らが教会を攻撃した―」から教会にあたりをつけヒントを探っている。
前巻で仙水が放った「詩を逆手に取る」という言葉通り、卜部は太陽・仙水から端を発し、
スタジオG3、ソリダス、ついには政治政党という組織を巻き込み、
業界に巨大なうねりを作り出そうとしている。
卜部の描くこの筋書きは、組織的で協調的な面が根強い日本だからこそ、ニーメラーの詩を逆手に取った
手法が有効だと踏んでいるような、ぞっとするしたたかさを思わせる。
意図を察知している仙水は、恐らくはスタジオG3と花組の「デスパレ」をきっかけに、
卜部の思い描く不穏ならせんを上書きしたいと考えているはずだ。
だが太陽・仙水は相当追い込まれており、普段ヘラヘラしたあの仙水が冷や汗を浮かべ、
向う見ずな太陽が自身の身の振り方さえ考える程になっている。
自身ですべてを抱え込み、卜部の思惑通り、業界から身を引くしかないと。
ニーメラーの詩でいえば、「しかし、それは遅すぎた。」まで到達しかかっている。
しかしここからが非常に熱い。
太陽のお株を奪うようなモモの一言で、一気に反撃の狼煙が上がった。
今度はスタジオG3から端を発し、大きならせんが生まれるかもしれない。
それと同時に、仙水が卜部に関わる重大なヒントを見つけた模様。
次の巻どのようなドラマが生まれるのか楽しみだ。
大枠を捉えながら読み進めると、この巻も非常に完成度高く、読了後は思わず感嘆の溜息が出てしまった。
この巻では水面下での攻防がついに顕在化し、駆け引きがドラマチックに描かれている。
そして作者は相変わらず憎いほど上手い締め方をするので、帰ってきた月山ちゃんを見ても興奮が一向に冷めやらない。
次の巻が非常に待ち遠しく、読者を苦しめるのが欠点だ。