エッセイストの井上春樹さんから、レビューをいただきました。
表紙に描かれた大杉栄の顔には見覚えがあり、おもわずこう思った。「君、まだ生きていたのか」。1919年、出獄した大杉栄を、友人の林倭衛(はやし・しずえ)が描いた肖像画で、警視庁の命令で撤去された「出獄の日のO氏」だ。最初にこの絵に出会ったのは、1975年。芸術新潮に洲之内徹氏が連載した「気まぐれ美術館」の文中だった。このような絵が存在したことにも、またそれをエッセイで紹介する洲之内という画廊主にも、感銘を受けた。
自分を檻の中に閉じ込めた権力への怒りと、出獄して戦いに復帰できる喜びに満ちた、強い眼差しだ。その目がいたずらっぽく輝けば、こんな言葉になるかもしれない。「僕の獄中記を聞きたいって? しゃべってやってもよいが、気を付けた方が良い。僕の生き方にうかつに同調したら、君も畳の上では死ねないかもしれないぜ。」
この獄中記を読めば、彼がどれほど一人一人の人間を愛し大切にしたか、そして共に自由に生きようと苦心したか、その一端に触れることができる。思想家としてはあまりにも率直すぎて、姑息な策略など思いもせず、だからこそボルシェビキ派との党派闘争に敗北せざるを得なかった限界も、垣間見える。
もし、あなたが土曜社の既刊『日本脱出記』『自叙伝』の読者なら、この第三作も当然、欠かせない。関東大震災からやがて90年。あの大杉栄が、蘇って語りかけてくる。謹聴!
井上春樹(エッセイスト)