各映画のストーリーや批評的意味や大島作品に登場する俳優について細かく執筆、批評されています。これはDVDで容易に何度も映画作品を見ることのできる現代なら、当たり前のことでしょう。大島ファンには冗長に思えます。でも、大島映画を見ていない読者にも議論が理解できるようになっています。
黒澤明、溝口健二、北野武、増村保造、テオ・アンゲロプロス、パゾリーニなどの作品にも言及されます。クリステヴァ、フロイト、セジウィック、デリダなどの近現代思想・哲学にも言及されます。でも、映画史、哲学史に精通していない読者にも議論が理解できるようになっています。
「第20章 日本映画のなかの大島渚」で、著者は、大島渚が日本映画史のなかで6つの果たした役割について触れています。その6つの役割とは、つまり仮借ない批判、他者への視線と主題化、メロドラマに対する断固とした拒絶、日本文化の「正しさ」を代表する仕事の拒否、あらゆる映画制作体制の踏破、そして著者・批評家としての活動と多作、です。これら6つの役割こそが大島ファンが大島から触発され、大島に期待し続けてきたものであることは、明らかでしょう。
大学のゼミがもとになっているそうなので、とても独創的というわけでもありません。当然のことしか書いていないので、映画好きにはもの足りないところもあります。でも、大島映画を見たことのない大学の学部生にも理解できるように、大島作品全体の意義を解説してくれているし、当然のまとめ方だけに説得力、信ぴょう性があるという点で、大島映画論の決定版が出た、と言えます。とはいえ、やはり大島映画をもう一度見てから、本書を読むと、見ない場合よりも、楽しいことはまちがいないです。