中高年の方ならば、将棋を指さない人でも大山康晴という強い名人がいたことをご存知だと思う。本書は、自らプロ棋士でもある著者が、二〇年来構想を温め、大山の人物論を記したものだ。
僕も、実は将棋大好き人間である。さほど強いわけではないが、女流棋士と対戦し、飛車と角を落としてもらってだが、勝たせていただいたこともある。
先日も、女流トップの斉田晴子五段に飛車を落としていただき、挑戦した。だが、結果は散々。終盤で五段に思いも掛けない強烈な手を指され、「あっ、これは僕の負けだ」と思い投了(負けを宣言)したところ、後からまだ負けではなかったことが分かったのだ。強い女流五段の自信に満ちた指し振りから、すっかり相手を信用してしまったのが敗因である。
本書の中に、「勝負は周囲を信用させることが第一だ。信用されなくなったら勝てない。あの人は強い、とか、指し手の中に間違いがない、あるいは、あの人が優勢になったら頑張っても、もう勝てない、と思われるのが信用で、いろんな信用をつくると、相手の戦う意欲が半減し、こちらの勝ちにつながる」という名人の言葉が引用されている。まことにもって名言と言うしかない。
逆に言えば、苦境のように見えても、最後まで自分の力を信用し、相手の手に不信の念を持ち続ければ、戦いに勝てるということ。大山は、その信念を持ち続け、六九歳で没するまで、棋士としてトップクラスの座を奇跡的に維持し、前人未到の一四三三勝を上げた。
特に、本書でスポットが当てられているのは、棋士としての盛りを過ぎた五〇代以降の大山の強さ。生涯現役にこだわった彼の盤上、盤外での勝負術を、「えっ、ここまで書いちゃっていいの」という限界まで記している。その意味では「晩節」という言葉をタイトルに付したのが、果たして良かったのか?と思えるくらいだ。ビジネスマンには、中高年からの勝負指南書としてもお薦めしたい。
(弁護士 木村晋介)
(日経ベンチャー 2003/06/01 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
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