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大山康晴の晩節 (新潮文庫)
 
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大山康晴の晩節 (新潮文庫) [文庫]

河口 俊彦
5つ星のうち 4.6  レビューをすべて見る (14件のカスタマーレビュー)

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大山康晴の晩節
45年の長きにわたり、棋界の最高峰で活躍した大山康晴の評伝。癌に蝕まれながらも生涯現役にこだわり、勝負を続けた“史上最強の棋士”に、自らもプロ棋士である著者が迫る

中高年の方ならば、将棋を指さない人でも大山康晴という強い名人がいたことをご存知だと思う。本書は、自らプロ棋士でもある著者が、二〇年来構想を温め、大山の人物論を記したものだ。

僕も、実は将棋大好き人間である。さほど強いわけではないが、女流棋士と対戦し、飛車と角を落としてもらってだが、勝たせていただいたこともある。

先日も、女流トップの斉田晴子五段に飛車を落としていただき、挑戦した。だが、結果は散々。終盤で五段に思いも掛けない強烈な手を指され、「あっ、これは僕の負けだ」と思い投了(負けを宣言)したところ、後からまだ負けではなかったことが分かったのだ。強い女流五段の自信に満ちた指し振りから、すっかり相手を信用してしまったのが敗因である。

本書の中に、「勝負は周囲を信用させることが第一だ。信用されなくなったら勝てない。あの人は強い、とか、指し手の中に間違いがない、あるいは、あの人が優勢になったら頑張っても、もう勝てない、と思われるのが信用で、いろんな信用をつくると、相手の戦う意欲が半減し、こちらの勝ちにつながる」という名人の言葉が引用されている。まことにもって名言と言うしかない。

逆に言えば、苦境のように見えても、最後まで自分の力を信用し、相手の手に不信の念を持ち続ければ、戦いに勝てるということ。大山は、その信念を持ち続け、六九歳で没するまで、棋士としてトップクラスの座を奇跡的に維持し、前人未到の一四三三勝を上げた。

特に、本書でスポットが当てられているのは、棋士としての盛りを過ぎた五〇代以降の大山の強さ。生涯現役にこだわった彼の盤上、盤外での勝負術を、「えっ、ここまで書いちゃっていいの」という限界まで記している。その意味では「晩節」という言葉をタイトルに付したのが、果たして良かったのか?と思えるくらいだ。ビジネスマンには、中高年からの勝負指南書としてもお薦めしたい。

(弁護士 木村晋介)
(日経ベンチャー 2003/06/01 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
--このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

内容(「BOOK」データベースより)

史上最強を謳われた棋士。だが、その偉大さは、ただ強かったことにはなく、強くあり続けたことにこそある。天才同士が鎬を削る将棋の世界で、彼はいかにして勝ち続け、その頂点に君臨したのか。重要な局面での指し手、あるいは棋士しか知らない盤外での振舞いから、その真骨頂を発揮した勝負師の姿が浮かび上がる。69歳で死を迎えるまで現役A級棋士だった不世出の男の勝負と人生。

内容(「MARC」データベースより)

空前絶後の戦績を誇り、45年の長期にわたってトップの座に君臨しながらなぜか地味な印象につきまとわれた棋界の巨人、大山康晴。名人の器量、条件とは何か? 不世出の名人に肉迫し、その人間性の精髄を説き明かす。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

河口 俊彦
1936(昭和11)年、神奈川県横須賀市生れ。小堀清一九段門下に入り、’51年に奨励会へ入会して棋士への道を進む。’66年、四段に昇段してプロ棋士となり、以後36年間に亘って大山、升田、中原、羽生など数多の天才棋士たちと対戦してきた。2002(平成14)年、七段で現役棋士を引退。棋士として将棋を指す傍ら、早くから将棋に関するエッセイ、評論を書いてきた。「棋士の思考は指し手に宿る」という信念に基づいて、将棋と人間分析を結びつけた独自の文章は、棋界内外に広くファンをもつ(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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