この本は国立大学が市場化した弊害を告発した本である。同書に、「教育には研究が必要であり、研究には自由が必要である」とあるが、現在の日本の大学では自由な研究活動が出来にくくなっている。その一つは本書が指摘しているように「研究費獲得コンテスト地獄」にある。政府の研究補助金を獲得しなければ真っ当な研究とは見なされないという強迫観念を大学当局から植えつけられた研究者達は、政府の意向に沿った研究内容に無理やり自分達の研究を合わせざるを得なくなり、分厚い研究計画書を書かされる。運よく研究費が降りたら、今度はその予算の消化と領収書の整理に追われるはめに陥る。これが競争的研究費配分の実体ではないだろうか?それに加え講義数、会議数、学内雑務がどんどん増え学問ための自由な時間的は大きな制約を受けてしまっている。
「日本中忙しいのだから大学教員も忙しくしてもらわないと、授業料に見合うだけの説明責任が社会に対して果たせない」と考えている輩がいるとしたら大間違いだと思う。皆が忙しくてじっくり考える暇がないのなら、せめて大学教員だけでも、落ち着いてじっくり考えて、その結果を社会に還元して欲しいと思う。でなければこの国の未来はない。今の日本は皆で長い石段を駆け下っているようなものだ、いつか必ず誰かが躓く、するとたちまち連鎖反応で他のものも倒れ、善人が奈落の底に転がり落ちてしまう。皆が駆け回っている時に、立ち止まってじっくり考えるべき職業、それが大学教員、わけても国立大学の教員の使命だと思う。
それにしてもまさか国立大学までこんな惨状になっているとは思わなかった。私立大学の現状は、言わずもがなと言ったところだろうか。