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その大学が危機に瀕していると著者の喜多村氏は説く。第三者機関による大学の評価やマスコミになるランキングが盛んになってきた背景を丹念に分析することにより社会のニーズと乖離した大学の姿を浮き彫りにし、「大学は必要なのか?」、「必要であるとするならば、そのあるべき姿はどのようなものか?」という本質的な質問を問うている。
喜多村氏は、さらに論を進め、海外の事例も紹介しながらこの本質的な問いに対する方向性を打ち出している。ユニバーシティ(University)と対立する、マルチ・バーシティ(Multi-versity)という造語を通してアメリカの大学が多様化する目的に対応していることや、カリフォルニア州における大学の3層構造(エリート型の研究機能と、マス型の教育機能と、生涯学習機能を別々の大学が担う)がそれである。すなわち、あるべき大学の姿を実現するためには、高さ(少数エリートによる高度な研究)と大きさ(年齢に関わらない教育)を兼ね備えたピラミッドを造るがごとく、多様なブロックを整合性を持って積み重ねていく必要がある、と言うことであろうか。
最後に苦言を述べると、説明が一読しただけでは判りにくい部分も多かった。とくに一連の文部省による改革に関しては、経年順に述べられておらず、前後関係を把握するのに労力を要する。年表を作って整理するだけで筆者は整理して情報を咀嚼しやすかったはずである。
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