青春記というのは難しい分野だ。本人には大事でもそれが共感を呼ぶとは限らないから。その点で、今まで読んだ青春記は北杜夫の「ドクトルマンボウ青春記」にとどめを刺すと思ってきたが、この1冊は侮り難い。
静岡の神社の家に生まれ、国学院大に進学。まだ戦災の跡が色濃く残る東京に出てきた筆者がはまりこんだのが歌舞伎。昭和26年に歌舞伎座が再興して、菊五郎劇団、吉右衛門劇団が覇を競っていた時代だ。友人に誘われるままに歌舞伎座に行き、大向こうの快感を覚える。芝居のおもしろさを知る。そこから先は一瀉千里だ。
昭和30年には傾倒していた中村勘三郎の舞台で、声色を使って早変わりの一役を買ったというのだから恐れ入る。そしてNHK入局後も、ひと筋変わらぬものを持ち続けたという。
大向こうの人々を描く筆致が優しい。義理も人情もあったというのはかんたんだけど、「学生さん」をどう扱うのか、大人の性根の見せどころだけど、いい時代と言ってしまえばそれまで。他人事ながら読んでいて柔らかな気分にしてくれる。
この本は今月限りで解体される現・歌舞伎座への挽歌ではある。でもそれ以上に戦後の歌舞伎史であり、渡辺保とは違う視点からの証言集にもなっている。
久しぶりに本を読んで和んだ気分になれた。筆者の筆さばきによるところ大、である。いい本だった。