内田さんの書籍を乱読してますが、その一つ。
予想以上に面白いのが感想。教育の師弟関係の考え方もあらためて分かったし、そもそも内田さんの持論であることに気付く。
ちなみに対談者の鈴木晶さんの言説は面白い部分もあるけど、圧倒的に実のない話の方が多かった。などで結構、フェにズムとか、他者性とかやたら難しい内容に関してはちんぷんかんぷんで終わった。
大学教育の意義、インターネットが与える影響。教授陣の特権的知の権利が剥がれ、平等化する。その上でも大学は意味がある。それは、テクストを実体験で感じ取った時のみ、そのテクストの意味が分かるようになるという見地から、ソーシャルな知を学び取れるからだという。大学教育、なかんずく、教育全般の学ぶ意義について改めて学んだ。師弟観あり、宗教観あり。考えてみると、根本的に内田さんが言っていることは、一つの核をもって、あとはかなりテーマは違えど、同じことを言っているなと感じた。
以下、心に残った文。
P238
師を持つ意味。弟子に力がなから師をもたないとはならない。
そもそも師を持たなければ教える資格もない。
生身の人間が、その人自身が、どのようにしてその師から学知へのアクセスの仕方を学んだのかを身を以て示す以外に教えようのないものだと私は思います。
P108
鈴木 親はつねに子どもを承認しなくてもならないんだと思います。世間の価値観を優先させたとき、親子関係はうまくいかなくなるでしょう。
P118
パーフェクトな親を想定すること自体が間違い
P123
信仰は信仰を持つものの有責感を深めることによってこそ意味がある
あながたがた救われることによって、はじめて私は救われる。なぜなら、私はあながたたにすでに恩を受けているからである
という奉仕と謝恩スタンスに立つはず
P82
――公立学校がクラブ活動をしてきたのは文化活動の下支えをしてきた。
トランペットが吹けたり、スポーツができたり、たった3年間ですごいこと。
P83
内田 大学を出たとは、大学という学校の空間にいられたという「能力のあかし」だと思う。