せっかちを自認する著者が、肝に銘じている言葉、「急ぎのご用だからゆっくりやってくれ」という反語めいた言葉から、話は始まります。また本書の終わりの、最終ページには、「温」の字が篆書で大きく白いページの中央に置かれています。論語の温故知新の温です。温故の温は、「ただ尋ねる」のではなく、「アタタメタズネル」と言いたくて孔子は温の字を使った筈だ。歴史を学ぶのも、にわか勉強で手早く片付けるのでは駄目だと孔子を借りて、著者は、じっくりと過去を考えない現代の風潮を批判しています。
白川静の説では、温のつくりは、皿の上の器中が温められて「熱気が充ちている」形だそうです。たしかに、本書には近代史の中での人間と歴史とを、時間をかけて熟慮した上で、鋭い眼差しで見る著者の「熱気」が感じられます。
日本人として見識があったと思われる言行を残した人たちを紹介しながら、海軍、英国、ユーモア、紳士、昭和天皇、武士道、論語などをめぐって、忘れられた日本人本来の見識のあり方に光があてられています。著者の意に反しているのかもしれませんが、俗説とは、ひと味違った見方が面白く、また文章の力もあり、一気に読めます。
英国人のユーモアの底にある自分を突き放せる生き方の話も面白かったのですが、僕には、特に昭和天皇と軍部との関わりの話が、一番興味深かった。軍部の横暴に抗した昭和天皇の人間性を、敬慕する著者の気持ちに大賛成です。
流行の「品位」もののようでもあり、江戸時代の「常山紀談」のようでもあります。86才でなお意気軒昂に、若い人の叡智を育てる参考にと、己の節をまげることなく、歯切れのいいエッセイを書かれていることに感心します。