この漫画家さんは異様な才能の人でした。描く作品が全て思考実験に成功しているという、なんなんだろう、この才能は。「駄作がない」にかけては「漫画界の女神」である大島弓子に匹敵するのですが、大島さんに関しては「的を外そうがなんだろうが、この人が描いてくれる限りどうでもいい」という感じなのですが、佐藤史生女史は「的は絶対に外さない」ヒトであらされたので、タイプが違う。
この作品は『ワン・ゼロ』に並ぶ代表作的SFファンタジー。本物のSFが描ける数少ない少女漫画家さんによる知る人ぞ知るの名作です(「数少ない」どころか私は萩尾望都と佐藤史生しか挙げられない)。
大地殻変動前の超大陸時代(いわゆる「パンゲア大陸」)の地球。迫りくる大陸崩壊の予言を託された若き大神官の主人公がいかに都市全体を安全地帯に移動させるか、いかに世俗権力と民をまるめ込み、群集心理を操作し、「慣れ親しんだ都市を捨てる」行動まで持っていかせるか、その心理的困難と実際的困難の過程が実に実にリアリスティックに描かれている一大スペクタクルです。主人公の青年は実は大神官の資格を保証する「幻視能力」を持たないペテンであり、「なんで自分が人々を救わなくちゃならないんだ。なんで自分はこんな任務を託されたんだ」と鬱々としている、という点が上手いヒネリになっています。冷めた懐疑者がカリスマにならなくてはならない。でなければ、群集は動かせない。さて。
この作品を描いた佐藤女史はおいくつだったのか。何故にこれほどよく人間を知っていたのか。佐藤女史は優れた社会科学者であり文化人類学者でもあった。そして詩人でもありました。
2010年4月4日にご逝去なさったとのこです。このような才能の方はもう二度と現れないでしょう。ご冥福を心からお祈り致します。