バークレー周辺には、今でも「セノイの夢理論」は実在すると信じている人がいるらしい。キルトン・スチュワートというアメリカ人が、部族文化研究の形をとりつつ、半ばねつ造したその「理論」は、実は極めてアメリカ的な願望そのものであった。「夢も制御できる!」なぜなら原初的な生活を保持している、東南アジアの部族がそうしているのだから(というのが真っ赤な嘘だったのだが。。。)。当時は、そして恐らく今も、アメリカ人にとって、自身は自身で作り上げる何か、なのだ。
あらゆる民族誌が、起源を求めたり、失われた過去を探したり、別の新しい可能性を見つけようとする試みに足をとられる危険を犯していると著者は言う。怪しげな民間宗教だけが、「人とはこうあるべき」との高説を自信たっぷりに語るのではないらしいと気づかせてくれる好著である。