大学生時代に書いた3編は,「(宮沢)賢治童話の幼稚な模倣ぶりが目立って恥ずかしい」と「おぼえがき」にある。しかし、すでに詩人の世界に特有の、あの水の匂いは、これらの初期作品にもまぎれもなく漂っている。「水平線のあかるさは、ふしぎなことに、空へひろがらずに、海面づたいに一郎たちの足もとの方へのびてきました。一郎たちが踏んでいるつるつるの鏡の海は、いよいよろ明るくすきとおり、やがて一郎は自分たちの影がくっきりと足の下にうつっているのに気がついたのです。そうです。海はまったく一面の巨大な鏡でした。そして、一郎は、そこにうつっているのが自分たちの影ではなくて、その影のように見えるものが本もので、自分たちの方がその影にすぎないような気がしてきました。」「海と少女」。天沢のめまいをともなう幻想の技。変幻自在な水の魅惑。日本のファンタジーとしては、最高の達成を示す水の魔法使い。それが天沢退二郎のひとつの正体である。彼のことばは死の世界にまで、いつのまにか流れ込んでいる。