サブカル的観点から語られることの多い都築氏の著作だが、この人の姿勢は、むしろジャーナリズムにあると思う。
「都築響一」というフィルターを通すことで、取り上げる対象に自動的に付加されるのは、サブカル、あるいはアートの化粧だ。これが鼻についてしまう人も確かに存在するだろう。
だが、本書で取り上げられた「詩」の原典は、痴呆老人の独白であり、餓死した親子の日記であり、ネット上に溢れるエロサイトの宣伝文句であり、通常のジャーナリスト的アプローチでは、読むのが苦しくなるほど陰惨になったり、取り上げること自体がタブー視されるものも多く含まれている。
本書では、本来、こうした題材を書くのに、どうしても必要とされる大義(あるいは言い訳)を排除することで、言葉の持つ魅力を鮮やかに引き出している。これを可能たらしめたのは、やはり都築響一という特権的おしゃれフィルターがゆえだろう。冒頭の「詩は死んでなんかいない。死んでるのは現代詩業界だけ」というアジテーションも見事。編集者として、理想の仕事だと思う。
そして、都築氏の編集技術すら不要なほどの高みに到達しているのが、故・玉置宏氏の話芸だ。果たして今、ここまで美しい日本語が存在するのだろうか。