とある民間私鉄で通勤中のことである。午前中の下り電車はあまり混んではいない。ゆっくり読書中の人々も多いが、その一人である私にいきなり遠慮がちに声をかけてきた人がいた。
「あのー、私は今度このような本を出したのですが、良かったら読んでください」と書評のコピーを差し出す。「私は、この本の著者なのですが…」と怪しいものではないと力説する姿におどろきつつも微笑んだ。このような新書の営業は聞いたことがない。
というわけで本書を入手し読んでみた。本書は「登山」を扱ったものであるが、著者の豊富な登山経験を生かした風景描写は面白いと感じた。下界とは違う「山」の別世界を体験できるようにも思えた。しかし、本書の後半の小説は、おそらく著者の自画像なのだろうが、人間関係の表現は陳腐とも思え小説としてはあまりおもしろくない。
登山経験や風景描写は面白いのだから、この著者はもっと今までに体験したそれぞれの山行のエッセイ風の文章に特化した方が、より光る本を出せるのではないかと思った。
本として、あまり高い評価はできないが、登山のおもしろさ、下界とは違うその世界をうかがうことができる本であると感じた。