重い話です。
たぶん、ある程度の年齢になってないと、理解できない世界かもしれません。
特に、中高年の男性は、身につまされるものがあるのではないでしょうか。
(女性はその点逞しくて強いと思います)
主人公の青山半蔵(島崎藤村の父・島崎正樹がモデル)は木曽馬籠本陣の総領息子として、幕末に本陣を継ぎますが、元々純粋で勤勉な学者肌の半蔵は、国学を信奉し、王政復古に夢を賭けます。
その後、明治維新により武家の制度である本陣は廃止、生活が苦しくなってもひたすら理想を追い求め、家族も顧みず、公のため、信念のために力を尽くそうとするのですが、周りは誰も喜ばず、家族から理解されません。
社会の現実は理想と大きくかけ離れ、怒濤のような価値観の変化の中で、挫折を繰り返して、最後はアル中と統合失調症のようにになって狂人扱いされ、座敷牢の中で死んでいきます。
もちろん、そんな単純な話ではなく、歴史的な事件が絡み、社会的背景も複雑で、たったの2巻、読み終えるのに1か月かかりました。
自分でもかなりの歴女(特に幕末)だと思っていましたが、当時の宿場のシステムから始まって、水戸学(尊王思想)、天狗党の乱、両部神道、平田国学、廃仏毀釈など、知らないことばかりで、一々調べながら、ほとんど苦行のような感じで読破しました。
以前、東寺の五重塔で、仏画や経文が削り取られた痛々しい跡を見ました。たぶん廃仏毀釈は想像を超えた凄まじさだったのでしょう。
もしもそれがなければ、今よりも素晴らしい世界遺産がたくさん残されたことでしょう。
しかし、日本の精神も、文化も、前時代を否定することによってしか、短期間の文明化はできなかったのでしょう。
今になって、ようやく江戸時代の良さも認められ、日本の伝統文化に誇りを持てるようになりましたが、ここまで来るには150年。
客観的に回顧できるようになったということは、すっかり異質の文化になってしまったということなのかもそれませんね。
木曽の宿場の変遷だけではなく、開国当時の横浜や、文明開化に浮き立つ東京の街の様子も克明に描かれていてなかなか興味深かったです。
最も強く感じたのは、今も昔も、日本人というのは集団で熱病のようになってしまう恐さを持っているということです。
それこそ、幕末の尊王攘夷、国学の流行、ええじゃないか、文明開化、どれもすごいスピードで流れていく実体のない流行でしかない。
流れに乗れないもの、立ち止まるものは挫折していくだけ。
討幕を果たしたのも、太平洋戦争を始めたのも、ある特定の人物や集団ではなく、やはり「時流」なのではないか?と思いました。
そしてそれこそが日本人の本質なのかもしれません。
司馬遼太郎さんの小説のように時代劇感覚で軽く読めるものではなく、歴史的ノンフィクション小説といった感じ。
驚くのは、明治以前の日本の庶民が驚くほど博学、勤勉で、農民や町人と言えども政治経済に一見識を持ち、一億総評論家的な性格も現代と全く変わらないらしいということ。
明治維新と、太平洋戦争。この二つの歴史の転換期に日本人は身も心も大きく変わったかと思いきや、こういう古典文学を読むと、何も変わっていないことに気付かされます。