戦中戦後のロンドンを舞台に様々な人が織りなす群像劇。内容をシンプルに要約すると、たったこれだけの話なのである。だが、それがこの作家の手にかかると、目にも鮮やかなアラベスクのように入り組んで絡み合い、読み応えのある一級の作品に仕上がっているから素晴らしい。まず目を引くのが構成の妙だ。本書は大きく三つの章に分かれている。だがそれが時系列順に配されるのではなく、1947年、1944年、1941年と過去に遡る配列となっているのだ。だから、まず結果が示される。それぞれの人物たちがどういう境遇にいるのかが描かれる。読者にとってみれば、結果がわかってしまっているのだから、本来ならその先を知る必要はないのだ。だが、本書はそこから過去に遡ることによって、いったいこれらの人物たちに何があったのか?という興味でグイグイ読ませてしまうのである。男装の麗人であり、ミステリアスな存在として登場するケイ。二人で同居しレズビアンの関係でもあるジュリアとヘレン。ヘレンの同僚で不倫の関係に悩むヴィヴ。ヴィヴの弟で刑務所帰りのダンカン。これらの人物たちが絡み合い、干渉し相乗効果を生みながら過去に遡っていく過程はとてもスリリングだ。本書はミステリではない。だが、この過去への遡行という構成自体が大きなミステリとして機能しているのである。結果、大きなカタルシスは味わえないが、謎を追うというミステリ的興趣は充分堪能できる作品となりえている。もう一点言及しておきたいのが、同性愛というテーマだ。戦中、戦後というこの混乱した時代に同性愛という世間には受け入れられない宿命を負ってしまった者たちの不安、焦り、賛歌がこれでもかというほど描かれてるのだ。ともあれ、本書は小説を読む歓びを十二分に堪能できる作品だった。読んでよかった。