ミステリー小説の名品『戻り川心中』の著者・連城三紀彦(れんじょう みきひこ)の初期の短篇集。1983年(昭和58年)の作品で、「二つの顔」「過去からの声」「化石の鍵」「奇妙な依頼」「夜よ鼠たちのために」「二重生活」の六つの短篇を収めています。
話の途中で、がらりと景色が変わる反転の妙。読者を錯覚させる、だまし絵的な筆致。非常にトリッキーな趣向を凝らした仕掛けに、話の途中で必ず一度は、「あれれっ?!」と幻惑させられましたね。その反面、まず起こりえない不自然な状況が生まれるので、そこを現実味がないととるか、だまされる快感ととらえるかで、評価は全く逆になるでしょう。私は、話の絵柄が変わった時の鮮やかな印象が強くて、面白いなと思ったんですけれど。
なかでも気に入った作品は、「過去からの声」。一年前に刑事を辞めた男が、一緒に事件の調査にあたった年配の刑事に語りかける形式で、ふたりが関わった誘拐事件のあらましが綴られていきます。タイトルにあるように、過去に起きた出来事が話に深い陰影を与えるところ。話のメインとなる誘拐事件の裏側にあるからくりの、非常に風変わりなこと。トリッキーで、風情のあるミステリー短篇として心に残るものでした。
それから、作品全体の雰囲気が、ウールリッチ(アイリッシュ)のサスペンス小説に近い風味があるなあと感じましたね。殊に、復讐をモチーフにした表題作は、ウールリッチの『喪服のランデヴー』と通じる異様な恐さがあって、ぞくりとさせられました。