久しぶりに刊行されたキングの短編集。原書を二分冊にした前半の一冊目で、分量、味わいとも様々な七篇が収められています。なかでは、「ジンジャーブレッド・ガール」と「エアロバイク」のふたつが、とても面白かったな。
中篇に近い分量の「ジンジャーブレッド・ガール」。赤ちゃんを亡くし、夫と喧嘩して家を飛び出した主人公エミリーの“走る”理由を描いて、話の立ち上がりはアンダンテ。ゆっくりしたテンポで始まりますが、途中、エミリーには不運な偶然から、頭のいかれた男と遭遇するシーンから、俄然、話はオーバーヒート。白熱、加速化して行きます。監禁されたエミリー vs.いかれた殺人鬼・ピカリングの死闘。エミリーの視点で描く、殺人鬼からいかにして逃れるかの描写が、素晴らしくスリリング。これまで読んだキングの中篇では、「霧」(『骸骨乗組員』所収)、「刑務所のリタ・ヘイワース」(『ゴールデンボーイ』所収)ほどではないにせよ(これは、超A級の面白さを持つこの二篇と比べるのが悪いのですが)、それに迫る出来栄え。どうなる、どうなるって、途中からのジェット・コースター的展開にはらはら、ドキドキ。いやあ、手に汗握ったなあ。
もう一篇。「エアロバイク」は、ぶっ飛んだ、奇想天外な面白さ。身体の脂肪を落とすべくエアロバイクを購入した主人公の男・シフキッツが、自らが創り出した想像の世界に親しむうちに、やがて現実が想像世界に浸食されていくって話。およそ不条理きわまりない、アホな話の展開なんだけど、悪夢の黒い影が現実世界の昼の光を覆い隠していく怖さがあって、その辺、ぞくぞくさせられました。
話のラストに吹き抜ける風のさびしげな雰囲気。それが、レイ・ブラッドベリの短篇に通じる余韻を残す「ウィラ」。2001年9月11日に起きた同時多発テロが、いかにアメリカ人の心に深く、癒し難い傷跡を残したか。そのことをひしひしと感じた「彼らが残したもの」。この二篇も、忘れがたい趣を持つ好短篇。