"活字中毒"(酒豪ならぬ"本豪")を自認する松岡正剛氏が自身の"読書論"を語っています。対話形式なので、かなり読み易いです。松岡氏のことが好きな人も嫌いな人も、"活字好き"を自認する人であれば氏の発言に「あぁ、そうそう!」と思いを同じくする処もあるんじゃないかな、と思います。(「読書の醍醐味は?」という問いに「『無知』から『未知』へ」という答えには感心しました。「『無知』から『既知』へ」でない処にご注意!) "多読術"というより、寧ろ"多読道"と呼びたいです。
多読の効能は、沢山の本を読みこなすほど、本と本の間に"知識の複雑ネットワーク"が形成され、見えてくる心的景色が変わってくるという処にあるわけですね。(⇒ これは、特に本に限る話ではないでしょう。音楽であれば、同じアーティストの曲を沢山聴けば、"アーティスト像"が頭の中に形成されますし、同じジャンルのアーティストを聴くと、その"ジャンル"の音がイメージできるようになります。そして違うジャンルを色々と試すと、意外な共通点が見つかったりします。外国語学習においても同じような例え方が出来そうです:英語 → ロマンス語系/ゲルマン語系 …)単なる情報入手ではなく、情報と情報の間の情報("メタ情報")の形成過程ですね。("点"ならぬ"線"のイメージ)この辺りの事情を物理屋っぽく表現すれば「多は異なり(More is different)」といったところでしょうか。システムが少粒子系から多粒子系に変わると各粒子間の相互作用が効いてきてシステム自身の"秩序"が決定する、つまり「量が増えると質が変わる」わけですが(「相転移」はその一例)、頭の中の"知識の総体"においても同じような話が展開出来そうな感じかな? そんなことを思ったりすると愉快でした。(^-^)