多様体論の現代的な入門書として、松島著『多様体入門』とともに、最もよく読み継がれてきた書である。松島先生の本と重複するような話題の多くは割愛され、ド・ラームのコホモロジー理論と調和形式論、多様体の線形接続の理論、など微分幾何学的な色彩が濃い話題が詳しく解説されている。
本書でド・ラームの定理と調和積分論のホッジ・小平の分解定理を学び、分解定理の証明のキーとなるポアソン方程式の可解性を保証する素晴らしい定理(=非斉次項が調和成分を持たない事)の証明を詳しく勉強してみたいと思われた方は少なくないだろう。多様体の線形接続と共変微分が明瞭に解説されているのも本書の大きな特徴である。テンソル場の共変微分とは「接空間のベクトルを(ベクトル場の積分曲線に沿って)平行移動することによって導かれる微分」であると、明確にイメージできる事は極めて重要だと思う。
本書の読者に注目して頂きたいのは、「外微分dや余微分δが共変微分で明示的に表現できる」という事実である(4.7の定理3と付録Aを参照)。これから、概複素構造が可積分で更にケーラーである条件を共変微分で表現する5.7節の美しい定理やラプラス作用素に関するワイツェンベックの公式とボホナーのコホモロジー消滅定理が導かれることを自ずと理解できると思う。
この第2版では、ボホナー技法に加え、シンプレクティック構造の基本事項が演習問題として追加されている。余接束の標準シンプレクティック形式をルジャンドル変換で接束上のシンプレクティック形式に引き戻せば、運動エネルギー関数のハミルトンベクトル場は測地流の無限小変換となる、即ちこのベクトル場の基底積分曲線は測地線になる、という事実は良く知られているが、その美しさにいつも感動を覚える。多様体論を学ぶ全ての人にこれらの事実を「美しい」と感じて欲しいという期待を込めて、村上先生は第2版を増補されたのであろう。40年近く前に多様体論を初めて勉強した時の愛読書が今日でもなお十分魅力ある入門書である事をとても嬉しく思う。
【付記】 ホッジ・小平の分解定理の証明を含む標準テキストとして、Warnerの書(GTM 94)を薦めたい。この書と松島先生の書の二冊は、多様体論を学ぶ人の必読書と言えるだろう。