1974年に横浜国大/経済を卒業した小口幸伸氏はCitibank(当時はFirst National City Bankか)に入行し、為替ディーラーの道を歩んだ。それからの東京市場や為替相場の変遷を、小口氏の体験談と共に描くvividな記録だ。1970年代に固定相場から変動相場制に移行し、80年に第1次外為法改正があり、84年に実需原則が撤廃され、98年に第2次外為法改正となる。小口氏はその間CitibankからMidland Bankへ、更にNatWest東京支店で活躍した。市場では古くはヘルシュタット銀行の倒産で大きな教訓を残した。Delivery Riskもその一つだ。85年9月のプラザ合意で、週明けには225円と一気に13円の円高に。86年1月に竹下蔵相の訪米中の談話で、市場からレートが消えた話も興味深い。ある米銀にドル円spotのquoteを求められ200.90-00をoffer、米銀は90で20mio売ってきた。その直後の竹下発言だからたまらない。小口氏はカバーしようにもどこもpriceを出さない。ようやく市場に199.00-50が5mioまで。その後は198.70で5mio、198.50で10mio売り、カバーの結果は▲44.5百万円。別の日のドルマルクもポジションを1日に3回変えて全て裏目という不運の話だ。2.6820で20mioの買いポジションを作った。しかしそれを高値に完全なアゲインスト、2.6700まで下げてしまった。倍返しの40mio売りで20mio売りポジションに変えた。無情にも反転し2.6750を越えた。その後も裏目の連続で遂に結果は▲57.6百万円。ディーリングルームで隣に小口氏を見ているような迫力ある苦戦ぶりだ。私も同年代で、当時邦銀も為替資金部門を増強させ、私も一時為替ディーラーを経験した。その際には小口氏の「外為市場の素顔」(1983年出版、マネックス出版会)という名著を唯一の教科書として勉強した。顧客への直物・先物・SWAPのquoteに大変助かったことを思い出しながら、本書を懐かしく読んだ。