自分の一番好きな小説は「こころ」であり、他者の解釈や解説も参考に
して「こころ」をより深く理解したいと思い、本書を購入した。
元文学部教授による解説だけあって、さすがによく検討されていると思
った。文章もかなり論理的で、ほとんどの部分は作者の解釈に納得がいっ
た。
例えば、自分は、若者の「私」がなぜ年上の先生にあんなに惹かれたの
か不思議に思っていた。周囲でこのような交友関係をあまり見ないからで
もある。筆者は、当時、漱石の周囲に集まった弟子たちも漱石に父と師と
友達と恋人とを求めており、作中の「私」と先生の関係は、弟子と漱石と
の関係を念頭において書かれたとしている。また、「私」の「先生」に対
する感情の中に「同性愛的感情」が含まれていることを指摘している。自
分はこうした解説に納得がいった。
ただし、いくつか、論理的な裏づけがなく納得すべきかわからない解釈
も見られた。「黒ずんだ葉におおわれている「木犀」は、「先生」の暗い
秘密を表している。」「癖がついてなかなか父の自由にならない証書は、
教育を受けたせいで父の自由にならなくなった親子関係を、ややユーモラ
スに表現している。」といった記述で、そうかもしれないが、読み手の勝
手なこじつけなのかもしれず、根拠が薄弱だと感じた。
また、本書では、いくつかの「こころ」解釈上の対立が引用されている。
が、どちらもそれぞれの解釈を述べ合うだけで、根拠を示すことが本質的
にできないため、結局は漱石にインタビューでもしない限り、どちらが正
しいのかわからない。
自分は理系なので、学問上の論争がある場合には実験や観測を重ねれば、
双方が納得する結論がいずれ得られる場合がほとんどであるが、本書を読
み、文系の(一部の)学問というのはこうも客観性に欠ける議論をし合っ
ているのか、と驚いた。
いずれにしても、「こころ」を深く考える上での参考資料の一つとして、
読んでよかったと思う。