英国抒情派SFの旗手イアン・R・マクラウドの秀作7編を収めた日本では初出版となる待望の中短編集です。本書には現代に生きる人々の日常を、SF/ファンタジー的な奇想・趣向で包み込んで著者独特の感性で練り上げた作品世界が展開されています。個々の作品のテーマは淡く幻想的な性質ですが、不思議と物語の粗筋は記憶に残り深く心に刻み込まれます。私の考えとして本書の各編を味わう上での心構えは、どういう結末を迎えるかを期待するような読み方ではなく、印象的なシーンを心にとどめて噛み締めるといった方法が適していると思います。特に感じたのは短編では然程ではないですが、中編に於いて著者の体内時間と我々の暮らす現代社会の時間とは相当に開きがあるなという印象で、本当に緩やかに流れる文体を気持ちに余裕を持ってゆったりとした気持ちで味わう必要があるなと痛感しました。
『帰還』平行宇宙に旅立った男が幾度も我が家へ帰って来て同じ行動を繰り返すという凝った筋立てですが、現代の無味乾燥になってしまった家族の姿が暗示されています。『わが家のサッカーボール』動物に変身する能力を気晴らしにする未来の家族が描かれており、本書中で最も明るい物語です。『ドレイクの方程式に新しい光を』人類の進歩は進むが異星人との遭遇の可能性は閉ざされた未来社会で、現実と折り合わず見果てぬ夢を追い続ける男の幻想的でほろ苦い恋を描きます。『夏の涯ての島』1940年代ファシズムに突入していくもうひとつの英国のもう一人のヒトラーは少年時代私が愛した青年だった。青春のきらめきと老境の心情を綴った人生晩年の愛惜の物語です。他に著者の創造した未来史〈10001世界〉物等3編を収めた本書は、読み手によって異なる感情が呼び起こされる鮮やかで美しく誠に味わい深い一冊といえるでしょう。