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夏の栞―中野重治をおくる― (講談社文芸文庫)
 
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夏の栞―中野重治をおくる― (講談社文芸文庫) [文庫]

佐多 稲子
5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容説明

中野重治との交遊・思いを綴る感動的長篇。戦前、戦中、戦後を文学的人間的な友情で支え合ってきた著者と中野重治。1979年夏に逝った中野との日々を描いた鎮魂の文学。毎日芸術賞・朝日賞受賞作。

内容(「BOOK」データベースより)

一九七九年八月、作家中野重治が逝去した。中野重治に小説家として見出された佐多稲子は、この入院と臨終に至るまでの事実を、心をこめて描いた。そして五十年に亘る、中野重治との緊密な交友、戦前、戦中、戦後と、強いきずなで結ばれた文学者同士の時間を、熱く、見事に表現した、死者に対する鎮魂の書。毎日芸術賞・朝日賞を受賞した、感動の文学作品。

登録情報

  • 文庫: 224ページ
  • 出版社: 講談社 (2010/7/9)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4062900912
  • ISBN-13: 978-4062900911
  • 発売日: 2010/7/9
  • 商品の寸法: 15 x 10.6 x 1.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.7  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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6 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:文庫
佐多稲子の中野重治への愛情が、行間から匂い立つ。男と女という、微妙な距離感、緊張感を漂わせながら、互いに文学的才能と情熱に信頼を置くゆるぎない関係性。ふたりが「あなたのかわりはいない」と思い交わすまでの、五十年に及ぶ出来事をつづる筆致は、中野の死の悲しみをひきずるかのように、湿り気を帯びる。情がからまり、多少のこなれなさがある文章だが、それを差し置いても、気持ちの強さで読ませる傑作だ。書かずにはおれない、という気持ちで書かれた文章にかなうものなどない。
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1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:文庫
著者にとっては文学上の恩師であり、政治思想上の同志でもあった中野重治の最期の日々を描いたものですが、女性が書いたものだけあって、同志的結合にとどまらない性愛の匂いが、微妙なさじ加減で、この本を緊張感の漂うものにしています。
私のような映画ファンにとっては、著者と中野重治との中間に立つ、中野夫人にして女優・原泉さんの身の処し方にも興味をそそられたのですが、その点も容赦なく、しかし品格を持って描かれています。
一部抜粋させていただきますと、
「病室を差しのぞいた私を認めて、原さんが手まねきした。中野は眠っているらしい。そのベッドの向こう側にしゃがむようにして中野宅の家政婦である曾根さんが、病人の脚をさすっている。原さんは病人を見、そして私の耳元に口を寄せて云った。「中野の手足が冷たいの」 そう云ったとき、原さんの眼に涙が溜まった。「中野の足に、触ってみて」 続けて云った原さんの言葉に、一瞬、私はたじろいだ。昔の躾で育った私には、他人の肌に触れる、ということに強い拒否感覚があって、そのことで逡巡したのである。単純なそのためらいに、相手が中野重治だという意識の重なるのも自然であった。が、今の場合、そういう反応はおかしい、というのもすぐに感じて、私は掛布の下に手を差し入れた。中野の脚は細く、そして冷たかった。その感覚に、もういちど私のたじろぐ瞬間、思いがけなく中野が言葉を発した。中野は眠っていなかったらしい。「稲子さんに、足を撫でてもらっては、罰が当たるね」 それは冗談も軽くふくませた調子に聞こえ、私のそこにいるのをはじめから知っている言方に聞こえた。原さんが敏感にそれをとらえて、押さえつけた強いひびきで云った。「あら、稲子さんってこと、どうしてわかるんだろう」 中野は目を閉じたままである。私はもう自分の手を引いていた。撫でていていいのなら、しばらく曾根さんの代りをしていいのだ、という思いのあるのを感じながら。」。
この微妙な神経戦の中で、原さんは、著者と夫との間にある「性」的なものを断固として拒絶しますが、自身が入り込めない同志的結合は、尊重します。それは次の部分に表れています。
「廊下で、原さんが私にささやくように言う。「明日の処置のこと、中野の気持ちがしっかりするように、あなたからも言ってよ。今日の検査で、中野、大分弱っているわ」 私に何が云えるだろう、とその思いで一瞬ひるみながら私はうなずく。「逢っていい?」 私のそう云うのに、がてん、がてんをして原さんはロビーの見舞客の方へ歩いた。私は一人で病室へ入ってゆく。中野は衰弱した顔を仰向けて目をつぶっていた。「今日の検査、大変でしたね」 中野は私の言葉にすぐに応じた。「ああ、今日の検査はつらかった」 「大変だったわ」と私は同じことを云う。「今日の検査は、辛かったね」と、中野もくり返した。私はあとが出ない。中野の方があとをつづけた。「今日の検査は辛かったが、しかし、今日堪えられたのなら、明日も堪えられるだろう」 「そうよ。明日がまたありますけどね、大丈夫ですよね」 子供にでも云うような言葉しか出てこない私に、中野は、ぼそぼそと話し出した。「処置のとき、スターリン主義というものを考えたね。精神力がたとえ強かったにしても、肉体の限度というのも、あるからね。あれは、非人間性、ということになるだろうね」 「そうねえ」と私は云い、スターリン主義の問題から逃げるように別の話に移した。(中略)(翌日、)中野の処置はすでにすんでいた。病室での中野は眉を寄せていて、それが、処置のときの苦痛をまだ残しているように見え、たしかにそれは、さっきのこととして残っているらしかった。中野は弱い口調で云った。「これを、もう一度やれ、と云うなら、死んだ方がましだ」 それは独り言のようにも聞こえ、私は答えなかった。中野が今日も堪えるであろう、ということは私としての理性の判断であったという思いが、当人ではないものの軽さとして胸に浮かんだ。」。
これは同志としての男女の会話ですが、同志ですらわかることのできない「限界」が、「スターリン主義」という言葉で示されています。中野重治は、戦前の社会主義運動の最中に逮捕され、転向し、その経験に生涯負い目を感じ続けたそうです。苦渋に満ちた独特の文体の裏にある弱々しさにも、それは感じられます。しかし、文学でおのれの弱さを見つめ続けた中野ですら、この拷問にも近い処置を受けて思わず出てきた言葉が、「スターリン主義」である点が興味深い。
以下私事ですが、長年、中野文学の、転向経験を背景にした、奥歯にものの挟まったような物言いには拒否反応があって、「甲乙丙丁」など、何度も途中で挫折しましたが、自分が大病を患い、自身の弱さと直面した時に初めて、読み通すことができました。続けて病室で読んだのが、この本(ただし、新潮文庫版)。やたらに痛い注射を打たれるたびに、「スターリン主義だ」と思ったものです。
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形式:文庫
ちょっと高価な講談社の文芸文庫でも、あえて手を出したくなる装丁に拍手!
さて、いわゆるプロレタリア文学の分野に、特に固執しているわけではなく、又、精通していないのですが、佐多稲子さんだけは、何となく文体や描写力が実に魅力的でとても好きです。
その作品の中で異色と言える「夏の栞」は、彼女が尊敬してやまない、中野重治さんが亡くなったその夏のいきさつを見事に描写し、かつ走馬灯のような思い出の数々を印象的に書き綴って、読む者の感動を誘います。とてもすぐれた作品です。
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